心理的安全性を高める上司の対話とは?—看護管理における対話の質が現場に与える影響 当たり前のことではあるが、質の高い看護ケアを提供するためには、看護師同士の円滑なコミュニケーションと病棟全体の成長を支える職場環境が不可欠である。その鍵となるのが「心理的安全性」であり、特に上司の対話の質がこれを左右すると考える。本稿では、リーダーシップ理論を交えながら看護管理における対話の重要性を考察し、ケアの質向上のためには心理的安全性の確保が大切だとする私の看護観を示す。 心理的安全性とは、組織内でメンバーが自分の意見や感情を安心して表現でき、失敗を恐れずに挑戦できる環境を指す(Edmondson, 1999)。看護現場は、患者の命に関わるシビアな環境であり、小さなミスが重大な事故につながる可能性がある。このEdmondsonの定義が看護管理の論文においても非常に多く言及されていることからも、看護師一人ひとりが疑問や懸念を抱いた際に、躊躇なく発言できる心理的安全性の確保が不可欠となることを示していると思われる。果たして、看護管理における上司の対話は、心理的安全性を確保するどころか、逆に看護師の萎縮を生んでいないだろうか? 確かに、多くの看護管理者はスタッフの育成や指導を重視している。しかし、対話の方法によっては、看護師の心理的安全性を損なう要因となり、結果としてケアの質を低下させることもある。特に、インシデント報告時の対応や、指導の仕方が「責任追及型」になってしまうと、看護師の萎縮を招き、現場の学びの機会が損なわれる。 以前、私が勤めた病棟では、インシデントが発生した際に上司が報告者を厳しく問い詰める風土があった。その結果、看護師たちは報告をためらうようになり、ヒヤリハットの報告数が右肩下がりに減少した。重大なリスクが見逃されたこともあった。一方、別の病棟では、管理者が「当たり前のことをちゃんと馬鹿にしない。この経験から何を学べるか?」という姿勢で対話を行い、報告数が増加。ヒヤリハットとアクシデントの比率が改善し、実際の事故発生率も低下したという。 インシデント報告は現場の安全性向上につなげるものであり、責任追及のための罠ではない。責任を追及しすぎるあまり、実際のリスクが見逃されてはならない。全てのスタッフが安心して報告できる環境をつくり、真の安全文化の醸成につなげるべきである。 この問題を解決する方法として、管理者はリーダーシップ理論を活用し、看護師の状況や成長段階に応じた適切な関わり方を選択することが重要と考える。たとえば、SL理論(Hersey & Blanchard, 1969)を活用し、新人看護師には明確な指示を与える指示型(S1)、経験のある看護師には自主性を尊重する委任型(S4)を適用する。マクグレーのTheory X・Y(McGregor, 1960)に基づき、看護師の内発的動機を引き出し、成長を支援するY理論的なアプローチを重視する。インシデント報告時には、「なぜミスをしたのか」ではなく、「なにか事情はあったのか」「どのようにすれば同じことが防げるか」を問いかける姿勢を徹底する方法が有効であると考える。 Edmondson(1999)の研究によれば、心理的安全性が高いチームほど報告数が多く、結果として医療事故の発生率が低下することが示されている。また、看護師の心理的安全性が確保されることで、バーンアウト率が低下し、離職率の減少にもつながる(Laschinger & Fida, 2014)。 しかし、心理的安全性の確保が過度になると「甘やかし」と捉えられ、業務上の責任感が低下するリスクもある。そのため、単なる優しさではなく、成長を促す適切なフィードバックとのバランスを取ることが重要と考える。たとえば「〇〇ができていた点は良かったが、次回は△△も意識するとさらによくなる」というような建設的なフィードバックを行うことで、心理的安全性と専門性向上を両立させることができるだろう。 私の看護観は「看護師が心理的安全性を持てる環境こそが、最良の患者ケアにつながる」 というものである。そのためには、上司の対話の質が重要であり、責任追及ではなく成長を促すフィードバック文化の醸成が不可欠と考えている。ここで求められるのは、一律のリーダーシップではなく、状況に応じた柔軟な対応である。たとえば、SL理論を活用した成長段階に応じた関わりや、マクグレーのTheory X・Yの視点からの自主性尊重が、心理的安全性の確保に寄与すると考える。私は、患者に質の高いケアを提供するために、状況に応じた適切な対話を意識し、看護師が安心して成長できる環境をつくることを大切にして実践していきたい。